四国遍礼霊場記
 
▼五剣山八栗寺千手院(八十五番)
 

 
 険しい峰が三つに分かれ、雲が木々の緑を取り巻いている。七百余丈と高く、夏さえ雪霜が残っている。奇怪な形の樹木が茂り、竹葦が鬱蒼としている。空海が登ったときに、金剛蔵王権現が現れ、神託を告げた。この山は仏教道場としての要件を備えている。空海は偉大な宗教者である。ここに伽藍を建立すれば、自分が守護する。空海は思いを凝らして七日間、虚空蔵聞持法を修した。明星が出現した。二十一日目に五柄の剣が天から降った。この剣を岩の頭に埋めたことから、五剣山と呼ぶようになった。空海は千手観音像を彫刻して、建てた堂に安置した。千手院と号した。
 この山に登れば、八国を一望に見渡せるため、「八国寺」とも呼ぶ。空海が塔への留学で成果を挙げられるか試してみようと、栗八枝を焼いて、この地に植えた。忽ちのうちに、生長した。八栗寺と名を改めた。
 三十余丈も峙つ中央の峰に蔵王権現を祀っている。北には弁財天、南に天照太神を配置している。麗気記に、天照太神はここにいますと記す箇所がある。恐らく、この記述に基づいて祀ったものであろう。また、ここに七つの仙窟がある。窟の中には仙人の木像を納めている。また五智如来を五カ所に分けて置いている。中央には、空海が岩面に彫り込んだ高さ一丈六尺の大日如来像、阿シク・宝生・阿弥陀・釈迦の四仏は、四方に配置されている。中央の地区には、空海が求聞持法を修した岩屋がある。ここを奥の院としている。寺から四町ばかり登った場所だ。また、この窟中に空海の御影を安置している。前の大岩に穴が開いており、明星影向の場所だと言い伝えられている。本堂傍らの岩洞に、空海が作った不動明王の石像がある。ここで空海が護摩を修したともいう。岩窟の中は一丈四方に切り抜き、三方に九重の五輪塔などが数多く彫り込まれている。寺の後には阿伽井があり、独鈷水と呼ばれている。空海が、独鈷杵で加持すると、岩が開き水が迸ったのだと伝えられている。また、寺の後には、蓬莱岩と呼ばれるものがある。宝珠のような形をしている。そのまた後の峰には、明星穴と称する岩穴が二つある。円周三尺ほどだ。
 昔の堂は、戦争のため焼失した。現在の堂は、松平頼章公が建立したものだ。かなり立派なものだ。一月・五月・九月の十七日から七日間、開帳する。堂の脇には鐘楼がある。
 門には高さ五尺の多聞天・持国天像を安置している。
 宝物は戦争で失われてしまった。ただ、空海が岩窟を掘ったときに使った鑿が二枚残っている。
 山の東と北は海が豊かに広がり、波が荒立っている。西と北には平野が開け、民家や林や泉が並んでいる。寺の勢いが盛んな頃は、牟礼大町に末院四十八カ寺を従えていたという。今では衰え、ただ一二の寺を残すのみだという。
                          
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